「千佳ちゃんお誕生日おめでとう!」
パンパンと鳴る炸裂音と同時に、開いた扉の向こうから声が届く。
驚きを隠せずに扉の横で固まったままでいると、一緒に玉狛支部へ来ていた修がぽん、と肩を叩いた。
「思いのほか驚いたみたいで嬉しいけど、とりあえず中に入ろうか」
背中を押されて、戸惑いつつも部屋の中に入る。
室内はいつもより少しだけ飾りつけがなされていて、自分のために用意してくれた事が伺えた。
「どうだどうだ!びっくりしたか?」
感想を待つ遊真はワクワクとした顔で千佳の様子を伺う。
もちろん驚き以外の何ものでも無かったし、驚いていないならあんな風に固まったりなどしていないだろう。
それでも本人の口から感想が聞きたいようだった。
「う、うん」
「そうかそうか、サプライズ成功だな」
とはいえ、その驚きがまだ落ち着いていない千佳は大した感想を口には出来なかったが、遊真は満足したように、にっかりと笑った。
「ほらほら、今日の主賓をもてなさないとね!なので、今日の千佳ちゃんの席はここです!」
ドドン!という効果音が聞こえそうなほど大げさに、栞は中央の席、いわゆるお誕生日席を示した。
その席の前には、決して大きくはないが千佳にとっては豪華な誕生日ケーキが置かれていた。
促されてその席へ座ると、皆も各自の席へ着いた。
「このケーキはね、私のお気に入りのお店のだからすっごく美味しいわよ。だから心して食べなさい」
「はっ、はい!」
「小南先輩、脅してどうするんですか」
「別に脅したわけじゃないわよ、とりまる」
わざわざ自分のために用意してくれたという心配りだけでもとても嬉しい。
もちろん千佳も年頃の少女なのだ、甘いものには心躍る。
「それじゃあ、メイン行事をやっちゃおうか。レイジさんお願いします」
そう迅が指示すると、ライターを持ったレイジがケーキに立っていたロウソクに一つずつ火をつけていく。
その本数は年齢分の十四本。
最後の一本に日が灯ると、部屋の入り口で待機していた迅が電気を消した。
事前にカーテンの全て閉められていた室内は暗くなり、ろうそくの明かりが灯る千佳の前だけ幻想的な光に包まれていた。
「じゃあみんな、せーのっ」
栞の掛け声でハッピーバースデーの歌が奏でられる。
こんな風に大勢の人に誕生日を祝ってもらったのはいつぶりだろうか。
瞳から涙がこぼれ落ちないように、堪えていると歌が終わり、ロウソクを吹き消すのを皆が見守っていた。
どうしよう、と隣の修に視線を送れば、大丈夫、と声を掛け落ち着かせてくれた。
意を決し、勢いよく息を吹きかけロウソクの火を消す。
十四本ものロウソクが立っていたので、さすがにひと吹きで消しきることは出来なかったが、何度か息を吹きかけ、全ての火を消した。
火が全て消えると、パチパチと拍手が湧き上がり、いつの間にか部屋の照明が付いていた。
「お誕生日おめでとう、千佳」
「おめでとう、だな」
チームの二人にそう改めて言われると、認められている、大事にされてるんだと感じる。
「ありがとう、二人とも。皆さんもありがとうございます」
席から立ち上がり、深々とお辞儀をする。
自分の為に集まってセッティングしてくれた事に、心の底から感謝の気持ちでいっぱいだった。
「そんな風に考えなくていいんだよ、だって雨取は玉狛の一員で、家族だろ」
「・・・家族」
迅言葉を繰り返す。家族。そんな風に思ってもらえていたのだと。
「そうそう、ここは本部と違うし。畏まったり、様子を伺ったりなんて必要ないのよ」
「そういう細かい芸当は小南先輩には無理ですもんね」
「言ったなとりまる!」
いい感じの雰囲気が、途端に賑やかな雰囲気となる。
これでこそ玉狛だなと千佳は思った。
そんな空気を勘付いてか、今まで驚く程に静かにしていた陽太郎が我慢できないと言わんばかりに寄ってきた。
正確にはケーキの前に。
「なあなあ、もうこれ食っていいか?」
「当人よりも早く食したいとは…。陽太郎は、もうっ」
「せっかくですから、皆さんでいただきましょう」
「オッケー、じゃあ切り分けるね」
ヨダレを垂らさんばかりの陽太郎の目の前で栞はお誕生日ケーキを切り分ける。
真っ白なクリームの土台に真っ赤なイチゴのショートケーキ。
甘い匂いが食欲を誘う。
配られたケーキを皆で食べ、ゆったりとした時間を過ごした。
ここ数日はランク戦や、その為の特訓、作戦会議などに時間のほとんどを割いていた。
だからチームのメンバーで集まることがあるにしろ、ゆったりする事も少なかったし、玉狛メンバーで集まるというのも久しぶりだった。
こんな風に仲間と言える人達と共に過ごせる事がなんと幸せなことだろうかと思う。
でも、そんな幸せの為に、自分はもっと頑張らなくてはいけないという気持ちも強い。
ただただ自分のトリオン量だけに頼ったままでは足を引っ張るばかりだと分かっている。
玉狛のメンバーは誰も彼も強い。だから自分も早く追いつけるように努力しなければと想う気持ちが逸る。
「あの、今日は本当にありがとうございました。皆さん忙しいのに時間を作ってくださって…」
「なーに言ってんの。さっき迅さんも言ってたじゃん、家族だって」
「はい、久しぶりに皆さんと過ごせて楽しかったです。でも、私はもっと頑張らなくちゃいけなくて。だからその…、せっかく集まって頂いたんですが、もう訓練を始めないと…」
セッティングまでしてもらったのに、自分から席を立つのは申し訳ないが、それでももっともっと頑張らなきゃという気持ちが先行する。
毎日の訓練にこそ結果が伴うのだと思っているから。
「毎日頑張っているんだし、今日くらいサボってもいいんじゃないか?」
「それに、家でも多分千佳のお母さんが料理作って待っていてくれていると思うし、今日は久しぶりの休息日にしよう」
「遊真くん、修くん、でも…」
「これはリーダーの命令だ」
なんてな、と修は珍しく茶化してそう言った。
多分これも気遣いなのだ。
私は本当にみんなに良くしてもらっているんだと。
「それじゃあ今日はここで解散ってことで。レイジさん、雨取を送ってやって下さい」
「じゃ、また明日ね千佳ちゃん~」
「は、はい、ありがとうございました。また明日もよろしくお願いします!」
一列に並んで見送ってくれる玉狛メンバーに、ペコリとお辞儀をする。
たくさん、たくさん感謝の気持ちを込めて。
「行くぞ」
「はい!」
先に外に出ていたレイジはそう声を掛けると、先を歩む。
身長差があるために、レイジに追い付くには小走りにならなくてはいけないが、ここ最近はその必要がない。
自分の歩幅に合わせて歩いてくれているのだと思う。
その気遣いがとても嬉しい。
レイジの車に向かうために外に出ると、晴天の空から白い白い雪が降り注いでいた。
「晴れているのに…雪?」
「今日は特に寒いからな」
ふわふわと眩い光の中で舞う白いその雪は花のようで。
本当なのかと手をかざし、掴み取るとその瞬間に溶けてなくなった。
「そうだ、忘れる所だった」
雪を堪能しながら歩いていたら、いつの間にか裏手に止めてあったレイジの車の前まで来ていた。
何かを思い出した様子のレイジは、その車の中から一つの包を取り出した。
彼の手の中にあるのに似つかわしくないリボンの付いた包が一つ。
「いつも送るときに寒そうだと思っていたからな。ほら、誕生日プレゼント」
ぽん、と差し出された包を丁寧に開けていくと、中から白いふわふわのケープが顔を覗かせた。
「服のセンスとか分からないから、気に入るか分からんがな 」
「これ…可愛い…」
真っ白なケープにはファーがたくさんあしらわれており、フードもついていて、暖かそうでとても可愛かった。
「寒いからそれ着ておけ、ほら」
そう言ってレイジは、手の中からケープを抜き取り、ふわりと千佳の肩に掛ける。
着心地も軽く、思っていた通りとても暖かかった。
なにより、自分の為に選んで買ってきてくれた事がとても暖かかった。
「ありがとうございます。大事にします」
フードのファーの中に頬を寄せ、火照った顔をそっと隠した。
* * *
「狙った訳じゃないが、バッグワームみたいなデザインだったな」
「もっと頑張って一人前のスナイパーになりますね。レイジさんの弟子だって胸を張れるような」
「千佳、お前は今でも十分優秀な自慢の弟子だ」
そう言ってもらえるのが嬉しくて、でも少し恥ずかしくて小さく俯いたまま微笑んだ。
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