みんなにはないしょ




 米屋陽介と宇佐美栞の関係を言葉で形容するのは難しい。

 外向きの、誰でも知っている二人の関係で簡潔に表すならば、いとこであると言える。
 幼い頃から行動を共にする事も多く、周りからも仲の良いいとこ同士だと認識されているのだ。
 本部に宇佐美が顔を出す際に陽太郎を連れてくることも多いが、どうしても連れ歩けない場所というのも数多く存在し、その時には手の空いている米屋に任せることもよくある。だから陽太郎自身も米屋にとても懐いているのだ。
 そんな風に本部でも親しくしているのだから、恋人同士なのではないかといった噂が上がってきてもいいものだが、いとこ同士であると広く公言しているために、そういった浮ついた噂はほとんど目立たないのである。
 とはいえ、いとこ同士でも法律的に結婚出来るのだから、必ずしもそれだけが噂にならない理由ではない。
 もう一つ理由を上げるとするならば、宇佐美の顔の広さと人気によるものが大きいのであろう。
 誰に対しても気さくに話しかけ、容姿も整っている宇佐美は誰とでもすぐに打ち解け、親密になる事を得意としている。そのため、親密にしている人物が複数人いるからか、特定の人物との噂というのはあまり立たないのだ。
 米屋もその親密に接しているうちの一人という位置付けであり、目立った噂になる事はほとんどの場合無かった。
 それに米屋自身も宇佐美同様に他人と打ち解けるのが早い方である。周りから見れば、闘うことが大好きで、それに対して一直線な高校生と言ったところだろう。
 だから特別二人が親密にしていても、違和感などなく、周りも当然の様にいとこだからという理由で気に留めないのだろう。時々新入隊員などが、気に留めて新人同士での噂になるのだが、先輩隊員などから二人がいとこであると聞くと、それならば不思議なことではないか、と納得してその後は気に留めなくなるのだ。
 組織というのは不思議なもので、多数決の正義やら同調心理が強く働くもので、特に先輩の意見はすんなり受け入れるものである。
 とはいえ、そんな二人の関係は単なる表向きのものである。
 本当はといえば、何度も床を伴にする関係である。だから新入隊員が気に留めるのもおかしい話というわけではない。実際に噂される程度には深い仲なのだから。
 だからと言って、恋人というわけではない。
 実際に普通の恋人が踏んでいるであろうプロセスなど一つもなく、突然的に男女としての交わりが存在しているのだ。そのため、誰かしらから付き合っているのか、という質問を投げかけられても、否定するしかなく、だからこそ変な噂が立つことが無いのだ。
 本人達が否定するのだから、どんなに親密な関係に見えたとしても、真実として受け取るしかない。しかも何でもないという風に、至って普通にどちらも答えるものだから、誰しもが本当の事だと信じる。もちろん嘘ではないのだから、聞いた方も答えた方も一つも悪いところは無いのだが。
 これらが二人の関係を形容するのが難しいと述べた理由である。
 二人からしてみればごく自然な流れで中学三年の冬――今から二年前に初めて体を重ねた。
 いつも一緒、という程ではないにしろ、多くの時間を共に過ごしていた二人はお互いが大切で、大切で、そして感覚を共有しあっていた。嬉しいとき、悲しいとき、その時々で言葉にして分かり合っていた。

 だからその日も、慰めあっていた延長だったのかもしれない。

 分かっていた事だが、春になれば今までずっと同じだった学校が別になる。その寂しさや不安から、初めは手を繋いで、頭を撫でて、抱きしめて、キスをして、そして、――つながった。
 互いに違和感や疑問などなく、本当に自然な流れでそうなった。
 多分それは、新たな感覚共有のツールとしての行為であるという認識であったのだ。そうして、その後も感覚共有のツールとして、繰り返されることとなる。
 さすがに何度目かの時に、米屋はそれが意味する本来の意味にも気がついていたが、そんな事など気にしなかった、気にならなかった。もしかしたら宇佐美は初めての行為の時から気が付いていたのかもしれない。
 それでも繰り返すのは、どちらかが、いや、互いが何も言わないからなのだろう。
 今まで感覚や感情を共有してきたのだ、どんな事を考えているのかはある程度感じ取っていたし、必要なことは今までもきちんと言葉にして伝えていた。だから止めなかった。
 それに、正しい対処法さえしていれば、決して間違った行為ではない。だって、二人はいとこなのだから。誰に咎められることもない。
 そうやって外側が、時には内側がちぐはぐなまま、特に訂正をするわけでもなく、不思議な関係性をずっと続けているのだった。

* * *

「こんな感じで、とりあえず報告まで。アタシは帰って寝ます」
 宇佐美は寝不足の体をよたよたと、なんとか動かしながら、昨日意識が戻ったばかりの三雲に報告を終えた、彼の病室から退室した。その際に後輩である空閑と入れ違いになったが、特に何か言う事も無かった。あの二人なら心配はいらないだろう。子供に見えて、ちゃんと芯がある。二人だけで解決し、さらなる目標を決められるだろう。
 先輩として心配する事は今すぐには無いだろうから、とりあえずこの今にも寝落ちしそうな体をなんとかしなくてはいけない。今までは気力でなんとか保っていたが、調べ物や報告、後処理が終わった今、肩の荷が下りて足元からヤバイ。
(このまま倒れないようにしないと…)
 そう思いつつも、体は限界を迎えている為に、ふらふらと足取りがおぼつかない。
 バランスを崩し、倒れる、と思った瞬間、背後から倒れかけた体を支えられた。
「ギリギリセーフ」
「…陽介?」
「せーかい」
 倒れかけた宇佐美を後ろから抱き支えたのは、いとこである米屋陽介だ。前のめりにくの字になっている体勢を起こし、ちゃんと立たせ直す。
「よたよた今にも寝そうな様子で、一人で帰るとか危なすぎだから」
「いや~」
「絶対この後の電車で爆睡すんじゃん?終点まで行く気?」
 ここは三門市最大の総合病院であるため、交通の便はかなり良く出来ている。病院の入り口を出たらすぐに電車が走っているし、タクシーだって常に待機している。大規模侵攻後のため、混雑はしているが、利用者が多くなっていると見込まれているため、本数・台数などかなり調整されているようだった。
 疲れているとはいえ、普段使い慣れている電車での帰宅を考えていたが、言われてみれば確かに今でさえ足元から崩れ落ちそうなのに、電車の心地よい揺れに身を任せたらいつまでも眠り続ける可能性は高い。
「そこまで考えて無かったよ~」
「その時点で頭寝てんじゃん。っていうか語尾が確実に寝てる」
「そんなこと無いって~」
「はいはい、とりあえず駅まで向かうぞ」

(続く)