ロンリーシトロンのみる夢

 

 

 

 私がその人を初めて認識したのは、アンダーグラウンドな掲示板上でのことだった。

 当時中学三年生だった私は、オシャレや芸能人の話をする同級生と年相応の華やかな話をするでもなく、汗水たらして部活に精を出すでもなく、ひたすら好きな事であるゲーム三昧の日々を過ごしていた。

 とりわけ頭が良いわけでは決して無かったけど、容量は良かったために学業に対する不安要素は無かった。なので、努力して勉強しなくても赤点を取って追試になったり、呼び出しをくらったりするという事は無い平凡な中学生だった。

 親も口うるさく勉強しろだとか遊びすぎだなどと、とやかく干渉してくるタイプでは無かったので、勉強をするわけでもなく、部活をするわけでもなく、ゲームばかりしていても口をはさむ事は無かったし、成績が振るわなくても注意してくることは無かった。

 だから私の生活の中心はゲームに関する事がほとんどだったし、学校が終わればすぐに家に帰ってゲームをするというサイクルが出来上がっていた。そして、その合間に新作の情報を収集するために比較的新しい情報が舞い込んでくる掲示板をたびたびチェックしていた。チェックする内容も大体ゲーム関連の内容だったが、ときたま直接関係ない様な内容でも軽くチェックはしていた。

 だからその記事を見つけたのは、本当に偶然だったのだ。テーマ別に並んだ見出しを流れるように上から下へと見ていた中で、その記事にふと目が留まったのだ。

 けど、もしかしたら必然だったのかもしれない。

 その記事は、『ゲームみたいな事が現実でも起こっているのを知っているか』という内容だった。

 日本のある地域で信じられないような事が起きていて、それは未知の生物が人を襲っているという事実、そしてその生物を倒す組織がある事が綴られていた。

 特になんでもない嘘みたいな話で、その時点ではとんと興味もなく、ブラウザを閉じてゲームを再開しようと思っていた。

 しかし、一つの写真を見て、一気に意識を持って行かれた。

 その写真には、現実にこんな人が居るのかと思うほど目を引く人物が映っていたのだ。

 鮮明な写真などは無く、すべてピンボケしている不明瞭な写真ばかりが並べられていて、その人の確かな姿は確認できないのに、興味を強く引いた。

 その記事の中でも、とりわけその人の写真が話の中心だった。

 今までこんなに人に対して興味を持ってこなかった自分が、これほどまでに気になる存在が居るという事実に驚いた。理由なんてない、ただ単純に強い興味の意識が体の奥底から湧き上がってきたという感じである。

 それからの行動は早かった。その人が誰なのか、何を行なっていたのか、できるだけ詳しく情報をかき集めた。情報規制がある程度してあるのか、詳しい内容を調べるのには苦労したが、インターネットの普及した現代である程度の情報規制など本気を出せば有って無いようなものである。

 そうやって調べていくと、その人は界境防衛機関という組織に所属していること。そして、その組織は現在、新入隊員を募集しているという事が分かった。

 ならば起こす行動は一つしかなかった。

 界境防衛機関のある三門市へ移り住み、入隊試験を受けて合格すること。そして、その目標の為に、特に今の今まで決めていなかった進学先の高校を界境防衛機関の提携校である三門市立高校に決定した。

 全然別の土地へ移り住み、一人暮らしをすることに対しての親の説得もたいして大変ではなかった。なにせ今まで家で黙々とゲームばかりする子供だったために、外向きの興味と行動に親は感動したようで、学費や生活費諸々を工面してくれるという事になった。

 なので結果的にクリアしなくてはいけない課題は受験勉強だけとなる。

 もともとの積み重ね分の学力はほとんど皆無だったが、絶対にあの人に会いに行くという気持ちで高校受験対策の勉強を乗り切った。ゲームを制限するという事も自分にとっては驚きの事実だが、それでも達成させたい目標だったのだ。

 結果は期待通り努力が報われて、見事合格することが出来た。

 あとは、界境防衛機関の入隊試験をクリアすれば、少しだけでもあの人に近づける。

 楽しみと希望を抱いて、私は桜色の三門市へ新たな生活と共に一歩踏み出したのだ。



(中略)



「なにニヤニヤしてんだ、気味悪いぞ」

 シャワーを浴び終わった太刀川が濡れた髪をタオルで雑に拭きながら部屋に入ってくるなり怪訝な声を掛ける。いつもながら太刀川のシャワーは早い。もしかしたら猫なのかもしれないと国近は思った。

 国近はというと、先にシャワーから上がってベッドの上で寝転がってのんびりしていたのだが、その間に太刀川と出会ったころの昔話を思い出していた。今思い出しても当時の事は面白い話として思い出せる。あんなにどうでもいいといった感じの対応だったのに、今ではこんな風に付き合う中になっている。

 国近はあの頃から変わった訳でもなく、自分の利になることを追い求めた結果、こうなったのだ。太刀川の傍に居ることで、月見の傍に居る権利を獲得し、生物としての欲求も満たす。そんな事実が、現状である。

「女の子に対して気味悪いとか言うの、良くないよ~」

 天井を見ていた体勢から、勢いをつけて体を起こす。薄暗い部屋の中に、扉の開いた廊下から電気の光が漏れる光景がいつも通りでどこか安心する。

「お前相手に気を使ってられるかよ」

「他の子には言わないって事ですかぁ~違いますよね

「もういいから黙ってろ」

 そうぴしゃりと言葉を言い放ちながら、今まで濡れた髪を拭いていたタオルを床の上に雑に放り投げる。自分の部屋だからって、床に濡れたものを置くのはどうかと思う。

 そんな事を考えながら、国近はその動作を目で追っていたが、その追いかけていた視線の先に太刀川の手が現れる。そのまま太刀川の手は国近の口を完全に覆い、発した言葉通り物理的に黙らせる。

 そしてそのまま軽く手に力をかけて押す事で、国近自身を柔らかなベッドの上へ押し倒した。

 国近は無防備だった為に抵抗する隙もなく、もう一度先ほどまで見つめていた天井を仰ぎ見る体制となる。

「ふぁふぃふぁふぁふぁん、ふぉふぃふぃ

 口を抑えられたままの状態だったが、気にせず問いかけると思いのほか全然上手くしゃべる事が出来なくて、自分の事なのに面白くなってしまう。

「なに言ってるか分かんねえよ」

 一瞬たりとも聞き取れない言葉を発して、それに対して笑っている国近を意味の分からない生き物を見るような目で太刀川は見ている。結局毎回こうなる。国近から押しかけた時は、基本的に気分がハイになっている時が多いからという理由もあるが。

「いやぁ~、珍しくもう欲しがってるのかと思って」

「それはお前だろ。また性懲りもなくこんな時間に押しかけてきてよく言うな」

 飽きれた声で太刀川は話すが、結局来るもの拒まずで受け入れてくれるのが優しいと思う。

 もしかしたら単純に隊内の空気が悪くなったり、オペレートをボイコットする事を懸念しているのかもしれない。それでも、そんな風に隊員として大切にされるのは嬉しく思う。

 最初オペレーターに指名された時はこんな特攻メインの部隊でちゃんと仕事をこなせるのか不安だったが、すぐに自分に合っていると感じたし、愛着も湧いた。

 だからと言って、こうやって太刀川とじゃれあっているのは別の話なのだけれど。

「だって、急に寂しくなったんだもん」

「お前は幼稚園児か」

「私が大人だって、知ってますよね


(続く)