闇が空を覆う時刻、もうすぐ日付が変わる頃に私と二宮さんはいつもの居酒屋を出た。
今日は同い年のメンバーでの飲み会だった。そう頻繁に行っている訳では無いのだが、ここ数か月はひと月とあけずに集まっては騒いでいる。といっても騒ぐのは太刀川さんや加古さんが主で、二宮さんは毎回不服そうに参加している。それでもちゃんと参加してくれているのには驚きだ。
二宮さんの心情がどうなのかは分からないが、ここ最近特に集まりの回数が多いのは、二宮隊の遠征が取り下げられたからだと加古さんがこっそり教えてくれた。自分の所為で…と落ち込んでいるんじゃないかと気を使ってくれているらしい。
もちろんただただ騒ぎたいだけなのかもしれないが、そういう気遣いをしてもらえるのは素直に嬉しかった。
酔っぱらってしまった加古さんを堤さんに任せて、明日に任務があるからと、先に退散させてもらう事にした。
私が席を立つと、いつもの様に二宮さんも一緒に席を立つ。毎回途中まで送ってくれるのだ。前に一度、一人でも大丈夫ですと伝えたのだが、気にするなと一言返された。多分これはあのメンバーの中に取り残されたくない口実なんだろうな、って思って気にしない事にした。
長く感じた冬が終わって、夏が近づいてきた季節にも関わらず、夜はまだまだ肌寒かった。凍えるほどではないが、季節が巻き戻ってしまったのではないかと錯覚する程度には指先が冷たかった。
街の明かりだけを頼りに言葉も交わさず二人で帰路に着く時間は不思議と嫌いではなかった。この人と二人きりになるとどうしていいか分からない事が多いが、この時だけは無言が許されていて、落ち着いた。
「あ、雨降ってきちゃいましたね」
ぽつりぽつりと顔に雨粒が降り注ぎ、とっさに言葉が飛び出していた。
今日の天気がどんなだったか朝起きた時に予報を確認していなかった。昼間は燦々と太陽がそのエネルギーを降り注いでいたために、雨が降るとは思っていなかったのだ。
「お前と居るといつもこんなだな」
「はは…すみません雨女で」
とっさに謝罪の言葉を紡ぐ。思い返してみれば、彼とどこかに行くときにはたいてい雨だったかもしれない。晴れていた記憶が無いだけかもしれないが。それでも、私に雨はお似合いだったし、彼に太陽は似合わない。
「いい、もうすぐ家に着く」
彼は市内にマンションを借りている。学生が利用するにはお高そうな物件であったが、違和感は微塵も感じなかった。それに比べて私は警戒区域の境に立地する界境防衛機関の管理するアパート暮らしだ。
だからいつもは恐れ多い事なのだが、その警戒区域の境にある私のアパートまで二宮さんが送ってくれるのだが、今日はあいにくの雨である。濡れたままで連れまわすのもどうかと思い、彼のマンションに続く道で分かれようとした。
「あ、じゃあ私はここで」
「何を言っている、家に寄っていけ」
「いや、でも…」
思いがけない言葉に、混乱して上手く喋れない。二宮さんが、誰かを家に呼ぶという事実に驚いたのだ。彼は自分のテリトリーを侵されたくない人だと思っていたから。しかし、彼がどんな人物なのかも正確に知らないのだから、考えるだけ無駄なのかもしれない。
「そのままだと風邪引く。明日も午後から任務あるだろう」
「はい、じゃあ、お言葉に甘えます」
明日の事を思えば、ここで誘いを受けておくべきだと思った。トリオン体になってしまえば風邪などさほど気にする事ではないのだが、終始トリオン体で生活出来るほどトリオンに恵まれているわけではなかったので、好意を素直に受け取る事にした。
「おじゃまします…」
エレベーターで高層マンションの上階に上がった先にある部屋が彼の家だった。さすが高そうなところに住んでいるな、という感想が一つと、この場所だったら良く射線が通るなという狙撃手としての感想を持った。部屋の中はというと、無駄なものが無いシンプルな作りで、想像通りではあった。
机と椅子が一つずつと、大きなソファベッドが壁に沿う様に置かれていた。そこは仮眠にでも使うのだろうか、ブランケットが無造作に乗っていた。
誰かを家に呼ぶことを想定していない、今までにもだれも踏み入れさせなかった雰囲気が漂っていた。そんな風に彼の家を考察していると、隣の寝室に引っ込んでいた二宮がタオルと着替えを手に持って現れた。
「シャワー浴びてこい。それと脱衣室に乾燥機があるから適当に使え」
彼は手に持っていたタオル類を私へ押し付けると、濡れて重くなった上着を脱いだ。
「あ、でも二宮さんも結構濡れて…」
「早く行け」
「はい」
家の主よりも先に使わせてもらう事に躊躇いはあったが、彼の言葉に逆らう事など結局出来ないのである。それは今までの関わり合いの中で確立してしまった関係である。
(続く)
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