目隠しの月

(前略)


「なー嵐山、お前この先もずっとスコーピオン使うのか

「何ですか唐突に」

 模擬戦に無理やり引っ張りこまれ、当然の様に全敗してベイルアウト用マットの上で脱力していたところに、疲れなど一切感じさせない声で通信の向こう側からそう問いが届く。

「いや、どこまで迅とそっくりなんだと思って」

「別に意図して似せてる訳じゃないですけど、結構使いやすいんで気に入ってはいますよ。それでも全然勝てないですが」

 迅と似ているとはよく言われる事だ。背格好だとか年齢だとか共通する部分は多い。それに加えて今はトリガーも合わせたかのように同じものを使っているからそう言われても仕方がない。とはいえ似せるための行動という訳では無く、似ているからこそ同じになってしまうだけなのだ。

 しかし嵐山と迅は根本的な所では真逆だ。思考とか行動理由とかそう言った外見的ではない内面の部分は実は似つかない。真逆だからこそ上手くいっているという部分もあるとは思うが。

 新しいトリガーであるスコーピオンに関しても、多少は迅が作ったというのも使い出した理由に含まれるかもしれないが、単純に新しいものにワクワクしただけだ。実際に使ってみて、あらゆる形に自在に変形させられるところが、戦闘において臨機応変に対応することが出来るために気に入っている。とはいえ、自由度が高いという事はそれだけ選択肢があるという事で、瞬時に判断できなければただの強度の弱い刃物と同じだ。

 そういう点では嵐山はまだ使いこなしているとは言い切れていないし、迅はおろか太刀川に勝ち越すなどという事は未だ成し得ていなかった。

「お前はまだまだ経験が足りないんだよ」

「入隊時期はそこまで違わないはずなんですがね」

「もっと模擬戦すれば上手くなる」

「それよりも良い師が重要なきもしますが」

 もちろん場数というのも重要だとは思うが太刀川の場合、最強とうたわれる師匠が居るのだ。強くないはずが無かった。もちろんライバルとの特訓も自己を強くするのに適しているだろうが、太刀川の使う弧月に関しては型のある武器だ。そういうものはより上手い師から技を盗むことでより成長するのだろう。

 自身の師を褒められて太刀川もまんざらでもなさそうに少し照れる様に頭を掻いた。

「あー、それで何が言いたかったかっていうと、お前入隊初期に使ってたトリガーに戻してさ、ガンナーに戻れよ」

「よく知ってますね、前に使ってたトリガーのことなんて。スコーピオンに変えてからしか個人戦していないのに」

「いやまあ、なんとなく覚えてただけだ」

 B級に上がってから間もなくスコーピオンにトリガーを変更していた。だから同期以外で嵐山がガンナーであったと知っている人は稀だと思っていた。サシで勝負するのならばやはり近接武器がやりやすいと思っていたから変えたのだが、太刀川が以前のトリガーを覚えている程度には自分に合っていないと思われているのだろうか。

「…それはアタッカーが向いていないって事ですか

「そうじゃない、そうじゃない。お前は前衛で戦うよりもサポートの方が上手いだろ」

 そんな風に評価されて、面食らった。

 単純に戦闘が楽しいから模擬戦に誘われているだけだと思っていたから、そんな風に行動のタイプとか適正を見られていると思っていなかったのだ。

「性格の部分もあるのかもしれないが、結構周りを見て動くことが多いしアシスト系の方が断然向いてる」

 そう言われると確かにそうだった。真っ先に特攻するタイプではなく、組んだ相手の動きに合わせて敵の隙を突くようなスタイルが多いと思う。戦闘に慣れていないという事もそのスタイルをとる一因であり、調和を好む性格もまた現れているのだろう。そんな風に見抜かれるとは思っても見なかったので驚いてしまう。

「そんな風に評価されたの初めてです」

「そうかま、別にこれは俺の個人的な意見だから聞き流してくれていいんだけど」

 聞き流せと言われて素直に従えないくらいには衝撃的な事で、しかも的を得ていた。自分でも気が付いていなかった部分を明るみに出された気分だ。

「そろそろ上がチーム組めってしつこいんだよなー。んで、お前にもそういうの言ってるんじゃないかって思って」

 確かにB級に上がってすぐに隊を組むようにという話も持ちかけられていた。防衛任務は毎回複数人で当たる事になり、隊に所属していない隊員は毎回シフトの合った即席メンバーで任務に向かうのだが、やはり連携という点では気の知れたメンバーの方が良いとされ、早く隊を作る様にと促されていた。

 嵐山としてみれば、まだ自分はチームで戦えるほど実力をつけていないからと隊の結成を足踏みしていたのだ。連携して上手く戦うにはまずは個人の実力が伴っていなければ意味がないと思っているからである。その点に関しては太刀川は既にその個人としての実力がある。だから上も隊の結成を急かしているのだろう。

「そういうチームプレイに向いてそうだからチームで活きそうなポジションを今から鍛えとけばいいんじゃないかと思って」

 なんてことはないただの思いつきを語っただけなのだろう。個人技を鍛えるというよりは、連携を重視した個人スキルを強化した方が良いと、そんな感覚的なアドバイス。

「単純にお前とチーム戦でやり合ったらワクワクしそうってだけなんだがな」

 この瞬間だ。この言葉によって嵐山准は太刀川慶を強く意識したのだ。

 憧れて、背中を追いかけるだけのまだ弱い自分を評価してくれて、しかも同じ土俵で戦う事を当たり前の様に言ったのだ。

 ただ単純に思った事を口に出しただけなのだろう。それでも誰かのおまけなどではなく、嵐山准個人をちゃんと見て評価してくれた事が心に突き刺さった。

 そんな風に期待してくれていると言うのが嬉しかったし、答えたいと思った。

 だから評価されたガンナーとしての戦い方も極めた。目標があるというのは早い成長に繋がるのだという事をこの時実感した。評価されたサポートを重視した戦い方を極めつつ、エースとして点を取るための戦いも訓練を積んだ。

 そうやっているうちにオールラウンダーとしてマスターを取得し、チームとしてもA級へ上がっていった。嵐山隊としてA級へ上がった頃には既に太刀川隊はA級一位の座に君臨していた。全然追い付けないなと思った。それでも、同じ土俵に立てた事には嬉しさを感じていた。

 信頼出来る隊のメンバーを得たことも嵐山にとっては良い刺激だった。一人で戦っていた時とは違う、自分以外の誰かを信頼して背中を預ける事は心地よかった。一人では出来ない事も、仲間とならなし得れる感覚が嬉しかったし、一緒に試行錯誤していくのも新鮮だった。

 評価されて、それに答えようと始めた事だったが、今となってみればそれはただのきっかけでしかなくて、仲間たちと上へ上がる努力を出来る事に楽しさと達成感を覚えていた。

 一時期チームとして伸び悩んでいた時もあったが、入隊時から期待されていた木虎が入ってきてからもう一段階上へ上る事が出来た。木虎も自身の隊に馴染むだけあって、周りをよく見た動きをする隊員だった。それでも彼女を新たなエースに据えたことで、嵐山は前よりずっと動きやすくなった。

 やはり誰かのサポートをしながら臨機応変に動く事が得意なのだ。それを早い段階で見出した太刀川は戦闘に関しての洞察力というか着眼点がすごいと思う。

 そんな些細な事が始まりだったけれど、ボーダーで活動を続ける上での嵐山の基盤になったことは確かだった。太刀川の隣で一緒に戦えるように、太刀川が模擬戦に誘うような実力を付けれる様にと。

 だが、いつしかその憧れに似た感情は別のものへと変化していった。

 その感情をはっきりと理解したのは最近になってからだ。ずっと彼だけを見ていたいと、自分を一番に視界に入れて欲しいと、そんな欲ばかりがあふれて止まらなくなった時、ようやく自分が今までとは違くなっているのだと気が付いた。

 そんな感情を持て余したまま、決して悟られない様にと、どす黒い独占欲の塊である感情を押し殺したのだ。

 その感情に気がついた時には既に嵐山はボーダーの顔としてメディアに出ていた。市民からの期待や憧れの感情を受けている事は自負していた。そしてボーダー内でもA級隊員とあって慕ってくれている後輩も多かった。皆が憧れる品行方正な嵐山准という存在を犯す事など出来なかった。

 自分なのに、自分の思った通り行動出来ないというのはどうかと思うが、それでも頼られるのは純粋に嬉しかったし、そんな自分を演じ続けるのも苦痛では無かった。無意識のうちにみんなの嵐山准という仮面を被って笑うのだ。

 それに、太刀川への気持ちを押し殺したのは自分の立場だけが理由じゃなかった。彼もまた有名人だったからだ。ボーダーでは彼の存在を知らぬ人は居ないだろう。常にランク戦ブースをうろうろしていると言うのもあるが、何と言っても一位を独占する男だ。幹部と黒トリガー以外ではかなう相手の居ない超人的な強さを持っている。そんなところに嵐山自身惹かれたのだから。

 そしてボーダー外でも意外と人気なのだ。太刀川は人を引き付ける輝きを秘めているのだろうか、大学でもあまり授業に参加していない割に時たま授業に出れば色々と声を掛けられている。飲み会に誘われることも多い様だった。彼の適当でちょっとだらしない所が女性に人気の様だ。

 太刀川は過度なスキンシップも特に気にしない様で、そんな彼女らに触れられても普段通りだった。細くしなやかな腕が太刀川の腕に触れる。それだけじゃ足りないと言う様にアサガオの蔓の様に絡みつくのだ。擦り寄って自慢でもするような表情を外に向けて。

 彼はそんな自己を良く見せるための飾りではないのに。お前らみたいな矮小な存在が関わっていい相手ではないのに。

 そんな黒い感情が己の中に湧き上がってくる感覚に、嵐山は駄目だと振り払う様に意識の外へ追い払う。こんな感情を抱いている事を誰にも悟られてはいけないのだから。

 醜い己の感情などまるで一瞬たりとも存在しなかったかのように自分さえも偽って、いつも通りの笑みを纏うのだ。だって嵐山は太刀川を愛し続けられるだけで、それだけで良かったのだ。


(後略)