隊長を支えるのも相棒の役目
「う~ん…」
小さな唸り声をあげながら、落ち着き無くそわそわとした動きをしているのは我らが玉狛第二の隊長を務める三雲修である。
先日、ずっと燻っていた嵐山への思いを成就させて晴れやかな顔で帰って来たと思ったら、すぐこの調子である。それを見つめている遊真はというと、初めのうちは思いが通じ合った事に対して良かったなという気持ちで見守っていたのだが、修がすぐに片思いの時と同様にうじうじと一人でああでもないこうでもないという風に考え込んでしまう様になっていたので、さすがにじれったくなってきていた。
遊真からしてみれば、両想いなのにもかかわらず自分の気持ちを遠慮しているという行為が理解できなかった。家族みたいにずっと一緒に暮らしてきた人同士でさえ、きちんと言葉にしなければ人の考えなど伝わらない事が多いのだ。今まで別々の生活をしてきたもの同士がつがいになるのであれば、今までの価値観や考えを共有するところから始めなければいけない。
それでも修は正直に自分の思いを伝えられていない様だった。それは相手を思いやっての事だし、相手から悪く思われたくないという事から来るものなのだろう。そういう考えを修が持っている事は知っているし、美点だとも思う。
けれど、相手は両想いで付き合い始めた人物なのだから、そういう謙虚さは今は必要ない。
「オサム」
「………」
「オ・サ・ム」
未だに唸り声を上げて考え込んでいるからか、普通に声を掛けただけでは気が付かなかったので、少し声を大きくして呼びかけるとやっと気が付いたのかこちらを向いた。
「あ…ああ、空閑、どうした?」
「どうしたはオサムだろ?」
「う……」
自分でもどうかしているという自覚はあるようだった。自覚があるだけまだましなのかもしれない。これで無自覚だったら本当に盲目というやつだ。
「アラシヤマさんの事で悩んでるんだろ」
「…まあ、そう…かな」
「ここ最近ずっとそんなんだし、一人で解決出来ないならおれがちゃんと相談に乗るから」
「空閑…」
思いがけない言葉だったのだろうか、修は少し驚いたような顔をした。
「いや、でもこれはぼくの問題だし」
「ずっとうじうじしてても、それはそれで気になるんだけど」
「う…、すまない」
「オサムが本当に言いたくない事なら無理に聞いたりはしないけど、力になれる事があるなら協力するさ」
だって相棒だろう?とニイッと笑ってそういうと、ちょっと拍子抜けしたみたいに修の表情が柔らかくなった。そう、そうやってまずは肩の力を抜くことから始めよう。
「なんかこういう話をするのは恥ずかしいところもあるんだけど」
「そうか?」
「空閑は平気そうだよな…迅さんとの事もさらっと報告してきたし、近界民ってそういうもんなのか?」
確かに遊真自身、迅と付き合う事になったことをさらっと伝えたのだった。本当は伝える必要性というものを初めは感じていなかったのだが、特に親しい人には伝えておいた方が良いと言う迅の言葉に従って、修にも伝えたのだった。
遊真の価値観としては、同性同士で付き合う事自体に偏見や躊躇いなど無く、単純に伝えたからと言って何かが変わるわけでも無いという考えだったのだ。
とはいえ確かに同じ隊であり、相棒と呼び合う仲なのだからある程度近況報告はしておいた方がいいと思い直し、遊真と迅が恋仲である事を告げたのだった。
それを隠さず告げた事が良かったのか、修自身のそういう話も少し躊躇いがちではあるが話してくれる様になった。それにしても玄界の価値観は大変そうだ。
「どこの国もそうって訳じゃないと思うけど、同性同士の恋愛なんてよくある事だと思うけどな」
「こっちの世界というか、ぼくらの住んでる国では同性同士の結婚は認められていないから、あんまり一般的ではなくて口に出しにくいというか…」
「なるほど…?その分平和だしな」
「平和と何が関係あるんだ?」
「ほら、戦争中とかって基本男だらけだし、だから当たり前にそういう行為はあるな」
防衛線ならば別だが、遠征などで侵略を行なっているところは基本的に男だらけの兵隊集団であり、その中でそれらしい分類に分かれて行為を行う事は珍しくない。
それに戦争中というのはヘンに気分が高まる事も多いという。そういう場合の処理を一人では無く相手を見繕ってと言うのはよくある話だ。
「な…なるほど。確かに戦のあった時代はそういう行為が当たり前にあったって言うしな」
「それに、思いを伝えられるのって幸せな事なんだと思うよ。戦争とかしているといつ死ぬか分からないし、だからこそ直情的なのかもだけど」
後で言おうなんて、先がある安寧に浸っている奴の言葉なのかもしれない。ちゃんと伝えておけばよかったとか、あんなこと言わなければよかったと帰らぬ人に対して嘆く人を時たま目にしてきた。そういう事を言うヤツは大体が平和を生きてきていた。別にそれが悪い訳では無い。だが、常に戦地へと身を置く人々はそんな甘い事は一つも言う事が無かった。自分の先に対して心づもりが出来ているのだろう。
「そう思うと、空閑は凄い世界で生きてきたんだな」
「うーん、それが当たり前だったからあんまり良く分からんがな」
別に戦争の中で生きてきたことも、親を亡くしたことも別段大変な事だとは思っていない。そんなヤツは周りにたくさん居たし、力と優しい環境があっただけ恵まれていた方だとは思う。
「ま、おれの話は置いておいて、オサムがうなっている理由を教えてよ」
「そ、そうだな…」
そう言って修は言葉を濁してしまった。そんなに言いにくい内容なのだろうか?
「そんなに言いにくい事なら無理に言わんでもいいけど」
「いや、言いにくい内容というか…やっぱりこういう話は少し恥ずかしくて」
「ほう…恥ずかしい内容とな」
「そうやってさらにハードル上げるのはやめてくれ」
「いや~、すまんな」
申し訳ないと謝ると、空閑だけが悪い訳じゃないと素直に言葉を返してきた。こういう所が修の良い所である。本当になんというか人が良い。
そんな事を考えている間に、修は何度か深呼吸をして気持ちを整えていた。先ほどはあんな風に言ったが、こんな感じの修の事だから多分そんな大仰な事ではないだろうと想像は出来る。
その想像は外れる事は無かった。
「待たせてしまってすまない」
「心の準備は出来たか?」
「ああ。その…ぼくがずっと悩んでいた事だけど」
そこで一区切り。これも想定内。
「嵐山さんと、き…キスとかもっとしたいなって…思ってて」
もじもじと照れながら本心をぽつりぽつりと話す。ちゃんと好かれているのも感じ取れるくらい互いに思いあっているのだけれど、そこから先に進めていないのだと。恋人らしくもっと触れ合ったりしてお互いの存在を感じたいけれど、そんな事を自分から言うのは躊躇いがあるらしい。
じらしてじらしたその内容は要するに壮大な惚気だ。
まったくうちの隊長は本当に純真だなと遊真は再度思い直したのである。
(続く)
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