A級1位のお気に入り
この日も修は遊真に連れだって本部に来ていた。
それは戦術を学んだ師に挨拶する為である。
修は烏丸の伝手ではあったが、なんだかんだと本部の――特にA級の戦闘のプロに戦い方を習っていた。
はじめこそ少し気後れもしていたが、弱い自分に与えられたまたとないチャンスだからと最大限力になれる様に努力は惜しまなかった。
さまざまな人に師事したすぐ後の試合はあまり結果がふるわなかったが、結果が出なかったからと言って意味が無かったとは思っていないし、むしろ教えてもらったのだからどんな形でも結果を残したいと思っている。
そんな修の姿勢に師たちも好意的に接してくれていた。
そのうちの一人である出水に今の状況を含め挨拶に行くために彼の所属する太刀川隊の隊室に向かっていたのだが、そこに到着する前に偶然にも遭遇した。
「出水先輩」
「お、メガネくん。そういや今日来るって言ってたな。にしても早くないか?」
「あ…そうですね。何かあって先輩を待たせるといけないですし。けど、早めに行動しすぎました」
「いや~、その姿勢は良いと思うけどな」
出水にしてみれば、後輩からそういう風に敬われると言うのが新鮮で少し照れる。
素直で可愛い弟子が出来て良かったと思うのだ。
「んじゃ、少し早いけど行くか。今日は隊室じゃなくて別のところででもいいか?」
「それはいいですけど、なんでですか?」
「いや~隊室だとうるさいのが居るというか」
出水としてはこの可愛い後輩の事を気に入っているから独り占めしたいと思っているのだが、なんだか知らないが太刀川隊の他のメンバーも修を気に入っている様なのだ。
唯我はなんとなく分かる。
今まで隊の中で一番下っ端でぼろくそ言われまくっているから、自分より年下で自分に勝ち越せない後輩が可愛いのだろう。
出水からしてみたらそんな風に懐いている唯我はまだまだ可愛いもので害はない。
問題は太刀川だ。
普段から強いヤツが好きだと言っているのにも関わらず、修の事を気にして構いたがっている節が最近ある。
確かに常に驚かせる戦術を使ってくる為に、戦ったら面白いのかもしれないが、それはチーム戦――もっと言えばあの驚くほど強いエースと興味深いほど膨大なトリオンをもった狙撃手が居るから発揮される強さである。
もちろん個人としても強くはなってきているが、まだA級に太刀打ちできる程では無い。
の割に太刀川は三雲を構いたがっている。
せっかく出水に会いに来てくれているのにそれを邪魔されるのは癪だったので、太刀川にばれない様に別の場所で話をしようと思ったのだ。
…が、一歩遅かった。
「おー、三雲じゃん」
「太刀川さん、こんにちは」
「げ」
危惧していた人物が前からタイミングを計ったかのように表れたのだ。
「げ、ってなんだよ出水」
「そのまんまの意味ですよ。俺はメガネくんに用があるんで太刀川さんはそのまま帰って下さい」
「ひでーな」
ひどくはない。
だって既に太刀川の目が狙った獲物を捕らえた様に輝いているから。
やばい。
「なあなあ、俺と模擬戦しようぜ」
「え…いや、僕は太刀川さんの相手にはならないでしょうし、それに出水先輩との約束がありますから」
「ほーら太刀川さん、そのまま振られてください」
「出水との約束とか後ででいいだろ。俺は今やりたい」
「やりたいって…、え」
太刀川は関係ないと言わんばかりに修をひょいと抱え上げてしまった。
なんというか強硬手段である。
「あ、あの、太刀川さん、下してください」
「下ろしたら逃げるだろ」
「に、逃げませんから」
「逃げないかもしれないが、模擬戦はしてくれないんだろ」
「いや、ですから相手にならないと」
軽々と抱きかかえられたままの修はうろたえながらも必死に抗議するのだが、太刀川は聞く耳持たずである。
「太刀川さん~?そういう強硬手段はよくないですよ。ってか俺の方が先に約束してたんですけど」
「お前はしょっちゅう会ってるからいいだろ」
「しょっちゅうじゃないですし」
こうなったらなかなか手におえない。
誰か太刀川を叱咤できる人物を呼ぶまでは止まらないだろう。
とはいえ読んできている間に二人にするのは癪である。
今日は仕方がないと出水は腹をくくった。
「しょうがないですから良いですけど、一戦だけですよ」
「おっしゃ」
「あ、えっと、僕の意見は…」
修の了承を得ないまま、話は流れる様に進むわけで。
今までこの状況を打破できるはず(?)だった頼みの綱である出水が味方では無くなって修の立場は途端に弱くなった。
「なんでそこまで嫌なんだよ。前は風間さんと試合したじゃねーか」
「いや、あの時は僕も若かったというか無謀だったというか」
「勝てないって分かってて試合に臨んだんだろ。変わんねーじゃねえか」
「そうかもしれないですけど…」
確かに前は勝てなくても一矢報いてみせるという意気込みがあった。
が、今回はなんだかそういうのとはちょっと違うし、何より太刀川がやる気に満ち溢れていて怖い。
そりゃ強い人に相手してもらえるのはまたとない機会なのかもしれないが、本能が警鐘を鳴らしていた。
このまま誘いに乗るのはやばいと。
けど、断っても無駄だと言う様にがっしりと抱きかかえられていて、回避する術は無いようだった。
もう、腹を決めるしかないと修は人知れず、ぐっと拳に力を入れるのだった。
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